視察研修in奥琵琶湖

- comments(0) trackbacks(0) チカウジ

昨日は松平観光協会の視察研修でした。

今年も松平親氏公顕彰会さんと合同での研修です。

研修先は滋賀県長浜市西浅井町。

まず向かった先は七本槍で有名な賤ヶ岳。

検証

柴田勝家と羽柴秀吉の戦いが行われた場所です。

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七本槍はこの戦いで大活躍した羽柴方の武将の事で、福島正則を筆頭に加藤清正・片桐且元・脇坂安治・加藤嘉明・平野長泰・糟谷武則の7人を指します。

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山頂まではリフトに乗っていきます。

もちろん登山道もあります。

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少し肌寒さを感じましたが、とても気持ちが良かったです。

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琵琶湖が見えます。

山頂まではロープウェイを降りてから少し歩いて登ります。

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賤ヶ岳の合戦で戦死された方の供養場。

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山頂ではボランティアガイドさんがいらっしゃって、歴史のお話を聞かせてくださいます。

視察

山頂からは余呉湖が地図に記されている通りの形で見えます。

下見に来たときは悪天候で周りが真っ白で何も見えませんでしたが、この日は本当に眺めが良かったです。

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下山ももちろんリフト。

下見に来たときは雨に打たれながらリフトに乗りましたが、研修当日は気持ちの良い青空で本当に良かったです。

湯呑

賤ヶ岳で買った夫婦湯呑。

素敵でしょ♪

 

賤ヶ岳を後にして、向かった先は大浦地区。

北淡海・丸子船の館。

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この大きな船が丸子船。

かつて、この大きな琵琶湖をたくさんの丸子船が物資輸送のために行き来していました。

最盛期は約1,400隻の船が活躍していたので、琵琶湖を見渡すとたくさんの船の姿が見られたのでしょうね。

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2階には模型があり、当時の様子が分かりやすく知ることができます。

松平もかつては船着き場だったので大変栄えていました。

この大浦の港も大変賑わっていたそうです。

昔は陸路が今のように整備されておらず山越え谷越えで大変だったと思うので、水路の方が早く便利だったのでしょうね。

 

次はお待ちかねの昼食。

大浦地区から菅浦地区へと移動します。

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昼食は国民宿舎のつづらおさん。

眺望が良く、みなさんお席から眺めていました。

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琵琶湖に浮かぶ竹生島。

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お写真が暗くなってしまいました。

ごめんなさい。

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お出かけの時に一番楽しみなのがお食事ですね。

おいしいお食事をにぎやかにいただきました。

 

おなかもいっぱいなったところで今回の視察の大本命、菅浦地区の探訪。

そもそもどうしてこの地を視察先に選んだのかと申しますと・・・

松平家2代泰親の子供に松平益親と言う方がおられました。

この方は、京都日野家の被官・大浦庄代官松平式部丞・・・という事で、大浦のお代官様になられた方です。

その歴史について書かれているものが「菅浦文書」

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菅浦にある須賀神社と菅浦郷土資料館でお勉強。

この菅浦と言う地は陸の孤島となっていた場所で(現在は道路が開通している)、外との交流がそれほど盛んではなかったようです。

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こちらは四足門(しそくもん)と呼ばれ、集落の四方に建てられていました。

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茅葺屋根の割と小さめの門です。

敵の襲来があると、屋根に火をつけて落とし侵入を防いだとのことです。

 

この集落には惣村として、村独自の決まり事がありました。

刑罰の方法など細かく決まっていたようで、ひとつの国のようなものだったのかもしれません。

菅浦には「絶対に開けてはいけない」と言い伝えられていた箱がありました。

「開けるなよ、開けるなよ」と言われ続け守ってきたのですが、長い年月が経ちとうとう開けてしまったのです。

その箱に入っていたものがまさに菅浦文書。

鎌倉期から明治初年までの事が記された文書で、特に中世の1,200余点は高い価値があります。

 

この文書に「あの代官が村人を2人も殺めてですね、何とも悪いやつなんですよ」(こんな言い方、表現ではないですが)と言うようなお手紙を送った事や、「いやいやそんなこ事は決してありませんので」と言う手紙を送った・・・などなどが記されています。

(ちゃんと勉強をしておりませんので、このような表現で申し訳ないです)

ひょっとしたら、この土地の人には「松平家は悪代官で悪い奴だ」と言う考えがあったかもしれませんが、郷土資料館の方は「どれが事実かはわかりませんので、決してそうとは限りませんよ」と、敵対心など持たれずに色々とお話をしてくださいました。

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敵対されていないと知り一安心したので、須賀神社へ参拝。

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参道の入口は大きな鳥居が立っています。

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琵琶湖を背に、約300mの参道を歩きます。

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手水舎のある所からは土足禁止。

参拝者にはスリッパが用意されています。

しかし、集落の方は今でも裸足で登っています。

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みなさんとお参り。

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祭神は「淳仁天皇」「大山咋命」「大山祇命」

 

最後は大きな鳥居から歩いてちょっとの場所にある「阿弥陀寺」さんへ。

ご住職さんにお話をお伺いしました。

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本堂内は撮影禁止のため、お写真はありません。

須賀神社へは裸足で行く理由は・・・

船に乗る際は裸足で乗らないと船から落ちてしまい、落ちてしまっても靴(長靴)を履いているとうまく泳げずに沈んでしまうので裸足が鉄則だったそうです。

そのため、神様に祈願する際も船上と同じ裸足で参るしきたりという事。

そのほかにも、この小さな集落に3台の山車があり、人が減って今では2台しかお祭りで出せない事。

3つの神様を合祀して、今では須賀神社の1か所で祀っている事。

アブラギリの実から取れる油でお米を買ったりしていた事。

などなど。

色々なお話を分かりやすく教えていただきました。

 

充実した研修はこれで終わり。

3連休のためか、大渋滞にハマりながらも無事に帰ってこられて良かったです。

松平家ゆかりの地は、きっと数え切れないほどあると思います。

しかし、あまり知られていない事でも知ると歴史ロマンを感じ、少しでも紐解かれる楽しさがあります。

文書で記されている事だけではなく、地元の人に聞くことも大切だなと改めて思いました。

観光する楽しさだけではなく、学べる楽しさも十分に感じられました。

来年はどこへ行こうか・・・と、既に事務局さんと話題になっています。

来年も楽しみです♪♪

 

最後に・・・

知識が追いついておらずひょっとしたら間違っている事もあるかもしれませんが、その際はご指摘くださいませ。

資料を何度も読み返していても、お恥ずかしい事に解読が難しい所もありまして、申し訳ございません。

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